正法寺の盆供養法要
7月7日(日)正法寺の盆供養法要が行われました。
正法寺の盆供養法要には、皆作供養とも記されています。 皆作?どのような法要かというと、田植えの忙しい時期を終え、ひと段落した頃に、さぁお寺へお参りしてゆっくりお聴聞させてもらおうという尊い意味があるそうです。 田植えの際に、田をすいたりするために失われた、たくさんのいのちに手を合わせる、という意味も込められているそうです。
船津の区長さんのお話によると、船津部落では、ギメ祭りがあったそうです。 同じような趣旨のものでしょうね。
仏教賛歌に「いのち」があります。 1 野の花の 小さな命にも ほとけはやどる ほとけはやどる 朝影とともにきて つつましい つつましい 営みを あたえる おなじように
2 野の鳥の おさない命にも ほとけはやどる ほとけはやどる 涼風とともにきて 生きる身の 生きる身の 喜びを ささやく おなじように
3 白露の はかない命にも ほとけはやどる ほとけはやどる 月しろ(月が出る前)とともにきて ひとよさの ひとよさの 安らぎを 教える おなじように
ありとあらゆるものに、宿るほとけさまの慈悲を感じていく感性の豊かさ これも、小さい時からのお育てが大きな力となって行くように思います。
住職の法話にお寺の行事が示されていました。そのひとつひとつの行事は 自分の都合で、ものごとの良し悪しを決めているわたしの姿を、わかりやすく示してくれるものです。この盆供養法要、皆作供養も。
害虫と、そうでない虫。見分けているのは、わたしの手前勝手な都合なんです 胸を張って殺せる虫なんていないんだなぁ、そうだったと気づかされても、ムカデが出ればまたキンチョールを手にせずにはおれないのがわたし。。。
これを凡夫(ぼんぶ)というのです。 きれいごとで塗り固めているわたしの、本当の姿を知らされるところに、浄土真宗のすごさがあると思うのです。 是非とも子どもさんやお孫さんと一緒に正法寺の行事にご参加ください。